東京地方裁判所 昭和51年(タ)8533号 判決
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【判旨】
一原告が昭和五一年四月九日(以下「本件当日」という。)東京都渋谷区道玄坂上にある道玄坂派出所路上を国鉄渋谷駅方向に向かつて歩いていたこと、原告が右派出所勤務の中田巡査から職務質問を受けたこと、当時原告は、手に手提袋、スーツケースを持つていたこと、中田巡査が原告にスーツケースと手提袋の中身の提示を求め、原告が中身を見せたこと、中田巡査が原告に右派出所への同行を求めたこと、原告と中田巡査が渋谷駅前派出所前まで行つたこと、右派出所勤務の佐藤巡査とともに原告に対し職務質問をしたこと、原告が中田、佐藤両巡査と同派出所内南側の待機室に入つたこと、同室において、中田、佐藤両巡査が原告に対し、住所、氏名、所持する写真機の所有者、スーツケース及び手提袋の中身、原告の胸ポケツトの内容等について職務質問したこと、これに対し、原告が胸ポケツトに入つているのはけん銃だと答えたこと、原告が弁護士に電話をかけようとしたが佐藤巡査に制止されたこと、原告が右派出所内で写真を撮つたこと、佐藤、中田両巡査がそれを制止したこと、佐藤巡査が原告の胸ポケツトからボールペン及び万年筆を取り出したこと、原告が約一時間右派出所内で職務質問を受けたこと、原告が、右派出所から渋谷警察署へパトカーで連行され、二階の取調室に連れて行かれたこと、原告が昭和五一年四月一二日から同月一七日まで勾留されたことは、いずれも当事者間に争いがない。
二前記争いのない事実、<証拠>並びに弁論の全趣旨を綜合すると、次の事実を認定することができる。
1 原告が、本件当日の午前一〇時二〇分ころ東京都渋谷区道玄坂上にある道玄坂上派出所前路上を草色のブレザー、黒色のとつくりセーター、グレーずぼん、バツクスキンの靴を着用し、頭髪はぼさぼさで手に赤と黒のチエツクのスーツケースと緑色の手提袋を持つて国鉄渋谷駅に向かつて歩いていたところ、これを視認した右派出所勤務の中田巡査は、原告がその風体、着衣等の状況から一見土工風に見えるが、当時の時刻の通行人はサラリーマンなどが多く土工は少ないこと、原告が中田巡査と顔を合わせると避けるように目をそらせ足早に立ち去ろうとするように見えたこと、また、右派出所近辺は窃盗事犯が多発し、本件当日の前日には、強盗、強姦未遂事件が発生しており、その数日前には強盗傷人事件が発生していたので挙動不審の者には職務質問をするよう渋谷警察署で訓示を受けていたことなどから、原告を挙動不審者に当たると考え、原告に対し職務質問をする必要があると判断して、右派出所附近路上において、原告に対し、どこに行くのかと声をかけ職務質問を開始し、住所、氏名等を尋ねた。原告は、右職務質問に対し、当初はなにも答えず無視していたが、中田巡査が原告に対し、さらに何回か住所、氏名、行先きのほかスーツケースや手提袋の中には何が入つているのか見せてくれないか等質問を重ねたところ、原告は最初のうちは、「急いでいるからだめだ」といいながら拒んでいたが、のちには「めんどうくさいな」といいながら、行先については「引越しだ」と答え、また、スーツケース及び手提袋を開いて中身を中田巡査に見せるに至つた。中田巡査は手提袋の中にあつた写真機を取り出し、その所有者、商品名などについて質問したところ、原告は、自分が買つた写真機でニコンだと答えた。そこで、中田巡査が確認したところ、右写真機はニコンではなくキヤノンであつた。中田巡査はスーツケースの中に衣類等が雑然とつめられていたこと、引越にしては荷物が少いこと、写真機の商品名を間違えたこと、写真機をマフラーで包んで隠すようにしていると認められたことから、窃盗の嫌疑があり、さらに職務質問を続ける必要があると考えたが、その場所が人通りが多く交通の妨害になり、また、折から降つていた雨にもぬれることなどから、職務質問を続けるには不適当と考え、原告に対し道玄坂上派出所へ同行するよう求めた。しかし、原告は急いでいることを理由にこれを拒んだ。このように、中田巡査が同派出所への同行を求め、原告がこれを拒むといつたやりとりが数回なされたころ、同派出所勤務の司法巡査間島要久(以下「間島巡査」という。)が様子を見に来たが、中田巡査から写真機の不審点等を手短に聞いたのち同派出所に引返した。その後、原告は中田巡査から離れ渋谷駅に向かつて歩き始めたので、中田巡査は原告を追いかけ任意同行を求めたが、原告は迷惑そうにこれを拒んだ。そしてこのような状況が渋谷駅前派出所まで続いた。
2 原告と中田巡査が右派出所付近にさしかかつた際、前記間島巡査から電話で中田巡査の原告に対する職務質問の様子について報告を受けていた同派出所勤務の佐藤巡査は、右報告の内容、原告の着衣、持物のほか、当時の時刻には見かけないたぐいの者であると考えたこと、原告は雨が降ているのに傘をさしていないこと、また、当該付近は窃盗事犯が多発していたため、挙動不審者に対しては職務質問をせよと上司から訓示を受けていたことなどから、原告をいわゆる挙動不審者に当たると判断し、職務質問をする必要を認めた。そこで、同巡査は原告に近づき、先ずその行先を尋ねたところ、原告は、板橋に行く、余計なことは聞くなと答え、中田、佐藤両巡査を追い払うように持つていた手提袋とスーツケースを二、三回振り回し、渋谷駅の切符売場の方に向かつた。そこで、佐藤巡査は、中田巡査から職務質問の状況のほか、原告が引越をしていると答えたことやカメラの商品名を間違えたことなどを聞き、未だ不審な点が解明されていないとして、さらに原告を追いかけ、「ちよつと待つて下さい」と言つて原告の前に回り職務質問を続けようとしたが、原告がこれを無視してその横を通り抜け渋谷駅の改札口の方に向かつたので、佐藤巡査は、原告の肩に手をかけて前に回り、不審な点があるから納得のいくよう説明してくれと説得し、また、その場所は人通りが多く交通妨害のおそれがあり、雨も降つているので職務質問には適しないと考え、右派出所まで来てくれるよう何回か説得した。原告は最初の間は急いでいるからだめだと拒んでいたが、最後には不承不承同行に応じ、右派出所内に入つた。<中略>
3 渋谷駅前派出所に入つたのち、原告は中田、佐藤両巡査に促されて南側待機室に入り、同所に備え付けられた二段ベツトに座るよう促されたが、原告は正面の机の前に立つたままで座ろうとしなかつた。そして、待機室内においては、佐藤、中田両巡査が机を背にした原告を取り囲むようにして立ち、佐藤巡査が主に原告に質問した。しかし、原告は、住所、氏名を聞かれても「お前えから名乗れ」と言い、佐藤巡査が名を告げたのちも「お前らに言う必要はない」と言つて、質問に答えようとせず、また、写真機の所有者、購入場所、購入年月日、価額などを尋ねられると写真機は弟からもらつたものだと答え、従前の説明を変えるに至つた。そこで、佐藤、中田両巡査は、原告に対し行先や写真機取得の経緯などについての発言のあいまいをただしたところ、原告は、それには答えず、「お前らは税金泥棒だ」「馬鹿だから警察官にしかなれないのだ」などと悪口をたたくのみで、まともに答えようとはしなかつた。これに対し、佐藤、中田両巡査はなおも質問を続けたが、原告の態度はいつこうに変らなかつた。そして、待機室に入つてから約一五分ぐらいたつたとき、原告は帰るといつて中田巡査を押しのけて待機室から出ようとしたので、佐藤巡査は、うしろから原告の肩に手を掛け、もう少し職務質問に応じるよう説得するため、原告の身体を若干引きもどすようにした。そうすると、原告は、元の位置にもどり、「逮捕したのなら弁護士に電話をかける」と言つて電話の受話機を取つたので、佐藤巡査は、その電話が警察電話であり、直ちには外部に通ずるものではないのみならず、かつてに使用することにより公務への支障をきたしかねないことをおもんばかり、かつ、未だ原告を逮捕したものでもなくこの段階で弁護士に電話をかけさせる必要はないと判断し、原告に対し、「警察電話だからただダイヤルを回してもかからない」と言つて、手で原告の手を押えて制止した。その際、佐藤巡査は、腕が原告のブレザーの胸元附近に触れ、その内ポケツトに細長くて硬いものが入つているように感じたので、「中に何が入つているのか、危いものでも入つているんじやないか見せてくれないか」と言うと、原告は見せる必要はないと拒絶し、なおも聞くと、ふざけた態度でけん銃が入つているのだと答えた。そこで、佐藤、中田両巡査は、原告に対する不信の念を強め、さらに住所、氏名、行先、写真機についての不審点等を質問したが、原告の態度は変らず、まともに答えようとはしなかつた。そのうちに、原告は、自己が所持していた写真機を取り出し、待機室内の様子や、佐藤、中田両巡査及び待機室に入つて来る右派出所勤務の他の巡査を写し始め、佐藤、中田両巡査の制止にもかかわらずやめようとしなかつた。その後も、佐藤、中田両巡査は原告を説得し質問に答えさせようとしたが、その間原告は一五分くらいにわたつて、国家権力を誹謗するなど右両巡査に対し挑発的な発言をしたり、写真を撮つたりしていつこう答えようとはしなかつた。そうするうち、午前一一時四〇分ころ原告は、再び帰るといつて中田巡査を押しのけ、待機室から出ようとした。佐藤巡査は原告に対する不審点が解明されず、疑惑が強くなるのみなので、さらに職務質問に応じるよう説得するため、原告の肩に手をかけ若干うしろに引きもどし、「中田巡査を押しのけるような行為をすると公務執行妨害罪になるぞ」と言うと、原告はやにわに佐藤巡査に対して突き当り同巡査の警笛の紐を手で引きちぎつた。そこで佐藤巡査は、原告の右行為は公務執行妨害罪に当たると判断し、公務執行妨害罪の現行犯で逮捕する旨告げて原告を逮捕した。その時刻は、本件当日の午前一一時四五分ころであつた。<中略>
そして佐藤巡査は、同派出所の星野巡査部長と相談のうえ、パトカーを呼び、原告を渋谷警察署に連行することにした。佐藤巡査は、パトカーが来るのを待つ間に原告の身体を検査し、原告のブレザーの内ポケツトを捜したが兇器は持つておらず万年筆とボールペンを発見しただけであつた。<中略>
4 そして、午後零時一五分ころ中田、佐藤両巡査のほか二名合計四名の巡査が連行されることを拒んで抵抗する原告を制止してパトカーに乗せ、渋谷警察署に連行した。
5 佐藤巡査らは、渋谷警察署に着いたのち、原告を阿部巡査部長に引渡し、その後原告を同署の二階の取調室に連行した。
原告は、その際渋谷署の警察官が原告の両手、両足をつかみかつぎ上げ、一人の者は原告の手をねじり上げる暴行を加えたと主張するが、この事実を認めるに足りる証拠はない。
6 渋谷警察署の二階の取調室において、同署勤務の司法警察員菅野係長は原告から弁解を録取した。<中略>
三本件職務質問の違法性について
1(一) 道玄坂派出所付近の原告の状況は、前認定の道玄坂上付近の場所柄時刻、原告の着衣、持物等の状況からみて窃盗を犯したと疑うに足りる相当な理由ある者というべく、警察官職務執行法二条一項にいう異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者に当たるというべきである。したがつて、中田巡査が、原告が同項の要件を充足すると判断し、原告に対し、強制力を使用することなく停止を求め職務質問をしたことは、適法というべきである。そして、職務質問が許される場合、警察官が、所持品の提示を求め提示された所持品を見分することは、強制力を用いず相手方が任意に提示するときには当然許されると解されるところ、中田巡査は、原告から所持品の提示を受けてこれを見分するに当たり、なんら強制力を用いておらず、前記認定のとおり原告は任意に提示したと認められるから、右中田巡査の行為は適法なものというべきである。
(二) 次に、原告に対し中田巡査が道玄坂上派出所に任意同行を求めた行為の違法性について考えるに、警察官職務執行法二条二項及び三項によれば、その場で質問をすることが本人に対し不利であり、又は、交通の妨害になると認められる場合には、本人の意に反しないかぎり、付近の派出所等に同行を求めることが許されているところ、前認定のとおり中田巡査が原告に対し職務質問をした場所は比較的人通りが多く、質問することは交通の妨害になると認められる所であり、また、中田巡査は、同行を求めるに当たつて原告に対し強制力を用いず、説得の方法によつたのであるから、中田巡査が原告に対し、道玄坂上派出所に同行を求めた所為は、適法なものであつたというべきである。
(三) 次に、中田巡査が右道玄坂上派出所から渋谷駅前派出所まで原告は追尾した行為の適法性について判断するに、前示のように、道玄坂上付近の状況、原告の着衣、持物、時刻等から原告が窃盗を犯したと疑うに足りる相当の理由があると認められたことに加えて、原告が写真機の商品名を間違え、また引越しという釈明にもかかわらず携帯荷物が少なかつたこと、原告所持のスーツケースの中に衣類等が雑然と結められていたこと、写真機をマフラーでくるんでいたことなど窃盗の嫌疑が深まる事情が存していたことに照らすと、中田巡査が右諸事情から原告に対し、職務質問を続行する必要があると考え、同行に応ずるよう説得しながら追尾したことは違法といえないことが明らかである。たしかに、原告は任意同行を拒否しているが、いつたん任意同行を拒否されたからといつて、直ちに職務質問を続行し任意同行を求めることが許されなくなると解すべきものではなく、嫌疑が存するかぎりこれに応じるよう説得しその翻意を求めることは、職務質問をするさいに通常伴う行為として、強制力を用いないかぎり許されるというべきであり、中田巡査はなんら強制力を加えていないから、原告が任意同行をいつたん拒否しても中田巡査の行為が違法となるものではない。
2(一) 次に、佐藤巡査が渋谷駅前派出所付近路上において原告を呼び止め、中田巡査に加わり職務質問を開始したのは、渋谷駅前派出所の状況、原告の着衣、持物等の状況、原告の言動の不一致、原告に対する窃盗の嫌疑が深まる状況にあつたことなどから佐藤巡査が、原告は警察官職務執行法二条一項に該当すると判断したからであるところ、前記認定の事実関係に照らすと、右判断は適正なものであつたというべきであり、また、前記認定のとおり、佐藤巡査は原告に対して強制力を用いていないから、佐藤巡査の原告に対する職務質問行為は適法というべきである。そして、原告がそれを拒否して渋谷駅改札口に向かおうとした際、佐藤巡査が原告の肩に手をかけて停止させた行為も強制力を行使したものとまではいえないし、また、職務質問の相手方がいつたん職務質問を拒否してもさらに職務質問をなしうると解すべきこと前記1(二)記載のとおりであるから、佐藤巡査の行為に違法な点はなかつたというべきである。
(二) 次に、佐藤巡査が原告に対し渋谷駅前派出所への任意同行を求めたことは、前記認定のとおり、同派出所付近は人通りが多く、職務質問をすることは交通の妨害になること、また、雨が降つていたので傘をさしていない原告が雨にぬれることのないようにすることなどを配慮したからであり、警察官職務執行法二条二項に照らして適法なものというべきである。また、中田、佐藤両巡査が渋谷駅前派出所に原告を同行した行為も、前記認定のとおり、結局、原告の任意な意思に基づくものと認められるから、適法というべきでる。
3(一) 次に、佐藤巡査が、渋谷駅前派出所内待機室で原告が警察電話を使用して弁護士に電話をかけようとするのを制止したのは、前認定のように、原告に右電話の使用権限はなく、他方警察電話がかつてに使用されると公務に支障を生ずることがあるからであり、その制止のために行使された力も右制止のために必要な限度を超えるものではなかつたから、佐藤巡査の右制止行為に違法な点はなかつたものというべきである。また、原告の所持したスーツケース及び手提袋の内容並びに原告のブレザーの内ポケツトの中身の提示を求めたことも、前記1記載のとおり適法である。
(二) 次に、原告が二回に亘つて待機室から出ようとして入口付近に立つていた中田巡査を押しのけたのに対し、佐藤巡査が二回とも原告の肩に手をかけて引きもどした行為は、その各段階において、未だ窃盗の嫌疑があり右待機室内での原告の言動によりますますその嫌疑が深くなつていた状況にあつたことを考えると、職務質問の続行のために許容される程度の行為というべきである。したがつて、佐藤巡査の右行為は、警察官職務執行法二条一項に基づく適法な公務の執行行為というべきである。それ故、これに対する原告の行為すなわち、佐藤巡査に突き当り、同巡査が肩からさげていた警笛の紐を引きちぎつた行為をもつて公務執行妨害罪に該当するとの判断のもとに、原告を公務執行妨害罪の現行犯として逮捕した佐藤巡査の行為もまた、前記認定の諸事情のもとにおいては違法であるということはできない。
尤も、原告が渋谷駅前派出所内待機室において職務質問を受ける間に経過した時間が約一時間に及ぶことは、前記認定のとおりであるが、右は前認定のように、それまで既に原告につき窃盗の嫌疑があつたことに加えて、原告が自ら積極的に自己に対する疑惑を晴らそうとしないのみか、かえつて挑発的な態度をとることにより自ら時間を費やし、かつ窃盗の嫌疑がいつこうに解消されるに至らなかつたことによるものであり、右の時間を要したことからただちに職務質問行為が違法であるということはできない。
(三) 次に、原告の胸ポケツトを佐藤巡査が探り万年筆、ボールペンを取り出した行為は、公務執行妨害罪の現行犯として原告を逮捕した後の行為であり、原告の発言によりいちおう兇器の所持の有無を調べるためされたものと認められるから、警察官職務執行法二条四項に基づく行為として違法とすることはできない。
4 次に、渋谷駅前派出所の警察官らが原告を渋谷警察署に連行し、さらに同署の二階の部屋に連行したことは、逮捕後に採られた処置であり、その間違法な強制力が行使された事実は存しないから、いずれも適法なものというべきである。
四結論
以上認定したとおり、原告に対する警察官の職務質問、所持品検査、任意同行の要求、逮捕などの行為はいずれも違法とはいえないから、その余の事実につき判断するまでもなく原告の本訴請求は失当として棄却すべきである。
(宇野栄一郎 柴田保幸 姉川博之)